2026.04.01
< 花が見ている >
相田みつを
庭の木蓮が咲きました
白い花です
人間のことばでは表現できぬ
浄らかな白い花です
わたしはいま花の下に立って
木蓮の花を見ています
木蓮の花もわたしを見ています
損だとか得だとか
勝ったとか負けたとか
金が有るとか無いとか
という人間の分別心とは
全くかかわりのない
純白な花のこころで
人間のわたしを見ています
気が小さくて臆病で
そのくせ自己顕示欲だけは
人一倍強い
おまけに美女にも弱い
そしてうそもよく言う
どうしようもない人間のわたしを
木蓮の白い花が見ています
新しい季節がはじまる四月。
やわらかな光のなかで、花がひらきはじめる頃となりました。
今回ご紹介するのは「花が見ている」。
ふと立ち止まって花を見上げるとき、
わたしたちは「見ている側」だと思いがちです。
けれどこの詩は、
そのまなざしを、そっと反対側へと返してきます。
木蓮の白い花も、
わたしを見ている。
そう思ったとき、
少しだけ背筋が伸びるような、
どこか見透かされているような、
そんな気持ちになります。
詩のなかで語られる「わたし」は、
気が小さくて臆病で、
そのくせ自己顕示欲だけは人一倍強くて、
おまけに美女にも弱くて、うそもよく言う——
思わず「わかるなあ」と、
小さく笑ってしまうような、
なんとも人間くさい姿です。
きれいごとではなく、
少し情けなくて、どこかズルくて、
本当はあまり人に見せたくないような、そんな自分。
そんな「わたし」を、
木蓮の白い花は、ただ静かに見ています。
飾ることも、責めることもなく、
ただそのままを見つめられているような感覚。
それは少し気恥ずかしくて、
でもどこか、逃げ場のないやさしさにも似ています。
新しいはじまりの季節に、
ふと立ち止まって、空を見上げるように。
花に見られている自分に、
静かに出会う時間があってもいいのかもしれません。
それぞれの春が、
やさしいまなざしの中で、
ゆっくりとひらいていきますように。
相田みつを美術館
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次回は、2026年4月15日頃にまた違う作品のコラムとリール動画の公開を予定しております。