2026.10.01

【作品紹介】
「いつでもどこでも」
コラムとInstagramリール動画
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< いつでもどこでも >

相田みつを


わたしにちからのないことを


わたしが一番よく知っているんです


だからわたしは


何か仕事をする時には


意気地がないようですが


いつも仏さまに頼むんです



「仏さま、どうか手伝って下さい


どうか、わたしといっしょに


仕事をやって下さい。


わたし一人のちからでは


どうにもなりませんから......」



それでもダメで


追いつめられると、わたしは


「とうさん―


あんちゃん―


ユキちゃん―


ちからを貸して下さい


どうか助けて下さい」


と、心の中で悲鳴をあげるように


念ずるのです



とうさんは


言うまでもなく


死んだわたしのおやじ


あんちゃん、ユキちゃんは


若くして戦争で死んだ二人の兄貴


あんちゃんが二人ではまちがうんで


上をあんちゃん、下をユキちゃん


と、子供の頃呼んだんです



だから仏さまになって


三十年以上もたったいまでも


手を合わせるときには


あんちゃん、ユキちゃん、と


幼い時の呼び名で呼ぶんです



あんちゃん、ユキちゃんは


頭もよく馬力があったから


ちからのないわたしを


いつも助けてくれるんです


仏さまになったいまでも


わたしといっしょに


仕事をしてくれるんです



そして


うれしいときも


かなしいときも


わたしといっしょなんです


いつでもどこでも


いっしょです


いつでもどこでも


・・・・・・・・







【コラム】
作品< いつでもどこでも >について



『いつでもどこでも』に寄せて




自分の弱さや甘えを正直にさらけ出し、人間である自分をあるがままに表現した相田みつを。


今回の「いつでもどこでも」の詩の冒頭でも、




「わたしにちからのないことを わたしが一番よく知っているんです」




と語ります。


自分の弱さを認めることは、後ろ向きなことのように受け取られるかもしれません。


けれども、みつをは決して後ろ向きに人生を歩んではいませんでした。


なぜなら、戦中戦後の動乱期に青春時代を過ごし、二人の兄を戦争で亡くした経験は、みつをが「いのち」と向き合う上で、大きな意味を持ち続けていたように思われるからです。




幼い頃の呼び名のまま語りかける姿からは、兄たちが亡くなって何十年もの歳月が流れてもなお、みつをの心の中で生き続けていたことが伝わってきます。




自分とは違い、頭もよくて馬力もあったあんちゃんとユキちゃん。




幼いころの思い出や、兄たちの笑顔、そしてふとした悲しみの表情までもが、歳月を経ても色あせることなく、みつをの心に残り続けていたのでしょう。




若くして亡くなった兄たちへの思いを胸に、


たとえ自分ひとりの力には限界があることを知っていても、


あとにもさきにもかけがえのないたったひとつのいのちを、


ただひたすらに、いのちいっぱいに生きたい。




そんな気持ちが、この詩の奥に流れているように感じられます。




「仏さまになったいまでも わたしといっしょに 仕事をしてくれるんです」




という言葉には、


亡くなった人とのつながりが決して途切れるものではないという実感が込められているようにも感じられます。




実際に隣にいるわけではなくても、人生の節目や苦しいとき、ふと心に浮かぶ人がいる。


励まされた言葉を思い出したり、その人ならどう考えるだろうと想像したりする。




そうした経験は、多くの方にも覚えがあるのではないでしょうか。




この詩からは、そんな風に、静かに、前を向く勇気を与えてくれる存在にそっと背中を支えられるような気持ちになります。





相田みつを美術館 作品広報室







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次回は、2026年10月15日頃にまた違う作品のコラムとリール動画の公開を予定しております。

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